折口 信夫・釈 迢空
鵠が音
鵠が音 追ひ書き その一
釋 迢空
『……今はひたすらに、皇軍の、勝ちさびとよむ日が待たれることです。たゞ頻りに心をうつのは、兵士等が健康のうへです。わづらふ者があると、責任と謂つたことをのり越えて、身にしみて来ます。夜、目がさめて、寝ながら真向ひの星空を見てゐると、何だか来たるべきものをひた待ちにして、ぢつと穴ごもりして居るものゝやうに、思はれてなりません。歩いても、人生に触れるものがないと言ふことは、あまりにも単調なことです。かうした処に、徒らに来たる者を待たねばならぬことを思ふと、敵愾が火のやうに燃え立つてまゐります……』
春洋の第一歌集「鵠が音」を、世におくる。私がまづその気になり、春洋にも、そのよし、奨めて遣つたのには、段々の理由はあるが、時期に絡んだ、二つの問題があつたのである。併し戦場からの春洋の返書は、まだ私の手には届かぬのである。