坂口 安吾
迎合せざる人
日支事変以後、言論の圧迫が加わって、多くの作家が処世的に迎合し便乗的作品を書きはじめた時に、尾崎士郎はむしろ迎合しない側の作家であった。
その彼が、太平洋戦争以後に、軍国主義文学の親玉の観を呈したに就ては、次のような理由があった。
一九四一年十月ごろ青年作家何十名かに徴用令のあったとき、その中に加わった数名の知人を私は慰め見送ったが、その中で誰よりも打ちひしがれ、顔色すら蒼ざめて戦争を呪っていたのは尾崎士郎であった。
その彼がフィリッピンへ従軍して帰還すると、日本文壇の王者の位置が彼を待っていたのであるから、人の運命はわからない。