坂口 安吾
被告席の感情
私はチャタレイ裁判ではじめて法廷というものを見た。感じのよい場所ではない。伊藤君が罪人とは考えられない者の目から見ると被告席がいかにも残酷な場所であるのが身にしみるのである。伊藤君は病気中の由で、青ざめて生気がなかったが、
『なぜ告発されたか理解に苦しみます』
と叫んだときに、彼の生れつき低い声が怒濤のように高まってブルブルとふるえた。弁護人のいかなる言葉も及ばない悲痛なプロテストであった。
このような感傷的な観察が中正を失って無用なものであることは私も承知している。むろん法廷の論争は感情ぬきに論理をつくさるべきであることは当然であるが、しかし被告が法廷に立つことによって受ける屈辱は論理によっては割りきれない。それが国法にたずさわる人々に、身にしみてお分りになっているだろうか。