大下 宇陀児
偽悪病患者
(妹より兄へ)
××日附、佐治さんを接近させてはいけないという御手紙、本日拝見致しました。
いつも通り、いろんなことに気を配って下さるお兄様だけれど、喬子、今度の御手紙だけはよく判んない。佐治さんは、喬子が接近したのでもないし、接近させたんでもないの。お兄様だって御承知の通り、お兄様や漆戸と同期生だったんですって。アメリカから帰られると、すぐ漆戸を訪ねていらっしゃって、それ以来漆戸は、病気で退屈で、話相手が欲しいもんだから、佐治さんが来て下さるのを、随分楽しみにしているんですわ。
そういえば思い出すけれど、漆戸が一度いいました。「佐治という男は、学校時代から一寸変ったところがあって、他人から随分誤解されたものだが、芯は、気の弱い正直な男さ」って。喬子、まだ佐治さんがどんな風に変っている人か知らないけれど、お兄様が何かきっと誤解しているんじゃないかしら。まアとにかく、お兄様のいうことは、これまで大抵の場合、嘘だったことはないのだから、その意味で喬子、今度の御手紙のこと、忘れないでいるつもりです。漆戸が、電話をかけて呼んだりなどするのだから、佐治さんが、ここへ足踏みもしないようにするなんてこと、とても出来ないけど。