徳田 秋声
厄払い
正兵衛といえるはこの村にて豪家の一人に数えらるる程の農民なるが、今しも三陸海嘯の義捐金を集めんとて村役場の助役は来りつつ、刀豆を植えたる畑の中に正兵衛を見つけて立ちながら話す。
それでは東北に大海嘯があったため三万の人が亡くなったというのだね、まあまあ近辺でなくて僥倖だった、何百里とあるのだから、とんとさしさわりがなくて安心というものだ。
と余念なく豆の葉の虫を除ている。助役は惘れ顔にて、
それですから義捐金を集めて、遺族を劬わろうというので、多少に係わらず戴きたいものです、新聞でも御存知の通り、惨状は目もあてられぬ次第ですから、惣兵衛、甚造、太郎作、次郎兵衛など、その日その日をようよう細い烟に暮らす小作人まで、それ相応に涙を揮うて財布の底払いをする訳ですから、貴下なぞはうんと御奮発を願いたい。