佐藤 春夫
『鉄砲左平次』序にも一つ
何の国、何郡なり。
古来、魔所と伝える峠、或る晩そこで一人の若者が八ツ裂きにされて了った。峠を越えて夜毎隣村の娘に通うていた男である。
殺された男の友達思うに、今時魔物など住んでいる筈もない。これは言い伝えのある場所をよい事に、わざとかかる酷たらしき殺し方をして恋の意趣を晴らすものであろう。
女敵らしい者を物色し、復讐を企て夜陰にその峠を数人にて越える折から、先頭の一人がまたしても咄嵯の間にその場に倒れ、浮き足立った連中は見極める隙もなく逃げ帰り、再び勇気をふるって戻って見ると、矢張り物凄まじい有様で死んで了っている。