芥川 竜之介
影
横浜。
日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。
更紗の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変残暑の寂寞が、息苦しいくらい支配していた。その寂寞を破るものは、ニスの※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)のする戸の向うから、時々ここへ聞えて来る、かすかなタイプライタアの音だけであった。
書類が一山片づいた後、陳はふと何か思い出したように、卓上電話の受話器を耳へ当てた。
芥川 竜之介
横浜。
日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。
更紗の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変残暑の寂寞が、息苦しいくらい支配していた。その寂寞を破るものは、ニスの※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)のする戸の向うから、時々ここへ聞えて来る、かすかなタイプライタアの音だけであった。
書類が一山片づいた後、陳はふと何か思い出したように、卓上電話の受話器を耳へ当てた。