佐左木 俊郎
荒雄川のほとり
私の郷里は(宮城県玉造郡一栗村上野目天王寺)――奥羽山脈と北上山脈との余波に追い狭められた谷間の村落である。谷間の幅は僅かに二十町ばかり。悉く水田地帯で、陸羽国境の山巒地方から山襞を辿って流れ出して来た荒雄川が、南方の丘陵に沿うて耕地を潤し去っている。
南方の丘陵は、昔、田村麻呂将軍が玉造柵を築いたところ。荒雄川の急流を隔てて北方の蝦夷に備えたのであろう。後に、伊達正宗の最初の居城、臥牛の城閣がこの丘の上に組まれ、当時の城閣を偲ばせる本丸の地形や城郭の跡が今でも残っている。
「栗駒おろし吹きなびく
臥牛城下に生をうけ