佐左木 俊郎

首を失った蜻蛉

薊の花や白い山百合の花の咲いている叢の中の、心持ちくだりになっている細道を、煙草を吸いながら下りて行くと、水面が鏡の面のように静かな古池があって、岸からは雑草が掩いかかり、中には睡蓮の花が夢の様に咲いている。そして四辺の杉木立や、楢、櫟、楓、栗等の雑木の杜が、静かな池の面にその姿を落として、池一杯に緑を溶かしている。

彼は池のほとりに据えられた粗末なベンチに腰を下ろして、暫く静かな景色に見とれていたが、雑木林の中を歩きながら考えた。それは一時間程前に、「明晩まで考えさせて下さい。」と仲田に言って来た返事についてであった。彼は溜め息をつくように、ぱっと煙草の煙を吐いては、首を垂れて歩きながら考えた。

彼はどんな労働でもやると言った。全くやろうという固い決心を抱いて、どんなことでもやる積もりだから仕事を見つけてくれという手紙を、農夫ではありながら仲々交際の広い仲田に出して置いたのであった。でありながら、いよいよ仲田の処に来て彼の話を聞いて見ると、彼はその返事に躊躇せずにはいられなかった。それはあまりに仲田の持ち出した話が、彼の想像とかけはなれていたから……。

「さあ! 私に、そんな事が出来るでしょうかね。」と、ただ彼は驚いて見せた。

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