宮本 百合子
三年前
人と話をする度に「内のばっぱはない」と云って女房自慢をするので村の名うてのごん平じいの所に勇ましいようでおくびょうな可愛いいようでにくらしい一匹の雄※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)が居た。其の※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)のかんしゃく持ちなのは村中のひょうばんものである。きのうは隣の家のひなをつついた、おとといはよその菜の葉を食いあらしておつけのみをなくなしたとあっちからもこっちからも苦情をもちこめられてごんぺいじいはいつでもはげた頭を平手で叩きながら人々に「まことにはー、相すまないわけで」と云って居た。鳥屋に売ろうとしたら「あんまりこわそうだからない」と云ってことわられたのでどうにも出来ずやっぱりもとのようにあばれさして置いた。ひまな時たいくつな時などはいつでもごん平じいの家に行って※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)をからかって遊んで居た。其の日もたいくつまぎれに池に出て岸の白スミレをさがしたが前の日にみんなつんでしまったので影も形もない。ぼんやりして空とにらめっくらして居たがごんぺいじいのにわとりを思い出してじいの家に出かけて行った。※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)はいつものように長いくびをのばしたりちぢめたりしてかたいごみの多い土面をツッツいて居る。ごんぺい夫婦は草かりにでも行ったと見えて家の中はひっそりして居る。※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)の奴さんは私の来たのを一向にごぞんじなくってツンとすましてござる。息をこらして麻裏草履をつま立てて後にまわる。奴さんはまだ気がつかない。一足、又一足、敵との距離は三尺許になった。手をのばすよ