幸田 露伴

突貫紀行

身には疾あり、胸には愁あり、悪因縁は逐えども去らず、未来に楽しき到着点の認めらるるなく、目前に痛き刺激物あり、慾あれども銭なく、望みあれども縁遠し、よし突貫してこの逆境を出でむと決したり。五六枚の衣を売り、一行李の書を典し、我を愛する人二三にのみ別をつげて忽然出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。桃内を過ぐる頃、馬上にて、

きていたるものまで脱いで売りはてぬ

   いで試みむはだか道中

小樽に名高きキトに宿りて、夜涼に乗じ市街を散歩するに、七夕祭とやらにて人々おのおの自己が故郷の風に従い、さまざまの形なしたる大行燈小行燈に火を点じ歌い囃して巷閭を引廻わせり。町幅一杯ともいうべき竜宮城に擬したる大燈籠の中に幾十の火を点ぜるものなど、火光美しく透きて殊に目ざましく鮮やかなりし。

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