海野 十三
軍用鮫
北緯百十三度一分、東経二十三度六分の地点において、楊博士はしずかに釣糸を垂れていた。
そこは嶮岨な屏風岩の上であった。
前には、エメラルドを溶かしこんだようなひろびろとした赤湾が、ゆるい曲線をなしてひらけ空は涯しもしらぬほど高く澄みわたり、おつながりの赤蜻蛉が三組四組五組と適当なる空間をすーいすーいと飛んでいるという、げに麗らかなる秋の午さがりであった。
楊博士の垂らしている糸は、べらぼうに長い。もちろんひどい近眼の博士に、はるけき水面を浮きつ沈みつしている浮標などが見えようはずがなかった。博士は、ただ釣糸の上を伝播してくるひそかなる弦振動に、博士自身の触覚感を預けていたのであった。