海野 十三

幸運の黒子

「どうして、おれはこう不運なんだろう」

病院の門を出ると、怺えこらえた鬱憤をアスファルトの路面に叩きつけた月田半平だった。

院長は、なーに大丈夫ですよ、こんな病気なら注射の五十本もやれば造作なく治りますよ。ただし五十本が一本欠けても駄目ですよ、それをお忘れのないように――と言った。一回三円として、百五十円の金がいるわけだ。ああ、これがたった一度の代償なんだ。

たった一度――というのは、すこし説明を要するが、この半平は元来、貞操堅固の男だったのを友人達が引っ張り出して、東都名物の私娼窟玉の井へ連れていったのだった。これは友人にも多少の悪巧みはあったにしても、主たる動機は半平という男が細君に死別してからまる二年この方、空閨を貞淑に守りつづけているのを見ちゃいられなかったせいだった。そして半平は、あくまでも亡妻への貞操を死守するつもりだったのである。彼のエネルギッシュな敵娼の理解を得ることができず、ついに暴力をもって征服されちまったのである。

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