夢野 久作

巡査辞職

前篇

「草川の旦那さん。大変です。起きて下さい。モシモシ。起きて下さい。私は深良一知です」

暑い暑い七月の末の或る早朝であった。山奥の谷郷村駐在所の国道に面したホコリだらけの硝子戸をケタタマシク揺ぶりながら、一人の青年が叫んだ。

それは見るからにここいらの貧乏百姓の児と感じの違った、インテリじみた色の白い鼻筋のスッキリとした美しい青年であった。青々と乱れた頭髪が、白い額の汗に粘り付いていたが、神経の激動のために、その濃い眉がピクピクと波打って、赤い小さな、理智的な唇がワナワナとわななきながらも、その睫毛の長い黒い瞳は、いい知れぬ恐怖のためであろう。半面を蔽うた髪毛の蔭から白いホコリの溜った硝子戸の割れ目を凝視したまま、奇妙にヒッソリと澄んでいた。慌てて走って来たものと見えて、手拭浴衣の寝巻に帯も締めない素跣足が、灰色の土埃にまみれている。

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