岡本 綺堂

半七捕物帳

一

私はかつて「虚無僧」という二幕の戯曲をかいて、歌舞伎座で上演されたことがある。その虚無僧の宗規や生活については、わたし自身も多少は調べたが、大体はそのむかし半七老人から話して聞かされたことが土台になっているのであった。

虚無僧の話をするついでに、半七老人は虚無僧と普通の僧とに絡んだ一場の探偵物語を聞かせてくれたことがある。老人は先ず本所押上村について説明した。

「この頃は押上町とか向島押上町とかいろいろに分かれたようですが、江戸時代はすべて押上村で、柳島と小梅のあいだに広がって、なかなか大きい村でした。押上の大雲寺といえば、江戸でも有名な浄土宗の寺で、猿若の中村勘三郎代々の墓があるせいか、ここには市村羽左衛門とか瀬川菊之丞とかいったような名優の墓がたくさんありました。その隣りの最教寺は日蓮宗で、ここの宝物には蒙古退治の曼荼羅があるというので有名でした。これからお話をするのは、そんな有名な寺ではなく、竜濤寺……名前はひどく勿体らしいのですが、いやもう荒れ果てた小さい古寺で、一時は無住になっていたというくらいですから、大抵お察しが付くでしょう。その古寺へ四、五年前から二人の出家がはいり込んで来て、住職は全達、納所は全真、この二人が先ず居すわることになりました。勿論、貧乏寺で碌々に檀家もないのですから、住職も納所もそこらを托鉢に出歩いたりして、どうにか寺を持っていたらしい。ところが、ここに一つの不思議な事件が出来したのです」

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