岡本 綺堂

半七捕物帳

一

前回には極月十三日の訪問記をかいたが、十二月十四日についても、一つの思い出がある。江戸以来、歳の市の始まりは深川八幡で、それが十四、十五の両日であることは、わたしも子どもの時から知っていたが、一度もその実況を観たことが無いので、天気のいいのを幸いに、俄かに思い立って深川へ足を向けた。

今と違って、明治時代の富岡門前町の往来はあまり広くない。その両側に露店が列んでいるので、車止めになりそうな混雑である。市商人は大かた境内に店を出しているのであるが、それでも往来にまでこぼれ出して、そこにも此処にも縁起物を売っている。それをうかうか眺めながら行きかかると、路ばたの理髪店から老人が出て来た。

「やあ」

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