岡本 綺堂

半七捕物帳

一

久し振りで半七老人に逢うと、それがまた病みつきになって、わたしはむやみに老人の話が聴きたくなった。「蝶合戦」の話を聞いたのち四、五日を経て、わたしはこの間の礼ながらに赤坂へたずねてゆくと、老人は縁側に出て金魚鉢の水を替えていた。けさも少し陰って、狭い庭の青葉は雨を待つように、頭をうなだれて、うす暗いかげを作っていた。

「あなたはつけが悪い。きょうも降られそうですぜ」と、半七老人は笑っていた。

金魚の手がえしは梅雨のうちが一番むずかしいなどという話が出た。それからだんだんに糸を引いて、わたしはいつもの話の方へ引き寄せてゆくと、老人は「又ですかい」とも云わずに、けさは自分から進んですらすらと話し出した。

青空文庫の作品カード