岡本 綺堂
半七捕物帳
一
「これも狐の話ですよ。しかし、これはわたくしが自身に手がけた事件です」と、半七老人は笑った。
嘉永二年の秋である。江戸の谷中の時光寺という古い寺で不思議の噂が伝えられた。それはその寺の住職の英善というのが、いつの間にか狐になっていたというのである。実に途方もない奇怪な出来事ではあるが、寺の方からその届け出があった以上、寺社奉行も単にばかばかしいといって捨てて置くわけにも行かなかった。
時光寺はあまり大きい寺ではないが、由緒のある寺で、その寺格も低くなかった。住職の英善は今年四十一歳で、七年ほど前から先住のあとを受けついで、これまでに変った噂もきこえなかった。ほかに善了という二十一歳の納所と、英俊という十三歳の小坊主と、伴助という五十五歳の寺男と、あわせて三人がこの寺内に住んでいた。伴助は耳の遠い男であったが、正直者として住職に可愛がられていた。