岡本 綺堂
半七捕物帳
一
慶応二年の夏は不順の陽気で、綿ぬきという四月にも綿衣をかさねてふるえている始末であったが、六月になってもとかく冷え勝ちで、五月雨の降り残りが此の月にまでこぼれ出して、煙のような細雨が毎日しとしとと降りつづいた。うすら寒い日も毎日つづいた。半七もすこし風邪をひいたようで、重い顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)をおさえながら長火鉢のまえに欝陶しそうに坐っていると、町内の生薬屋の亭主の平兵衛がたずねて来た。
「お早うございます。毎日うっとうしいことでございます」
「どうも困りましたね。時候が不順で、どこにも病人が多いようですから、お店も忙がしいでしょう」と、半七は云った。